坐禅作法・禅堂作法

このページ一部更新しました 追記した部分があります(2015/5/28)

「舌、上の腭(あぎと)にかけて」の部分の解剖学的意味を加筆しました 道元禅師の知識の深さが分かります(2015/5/31)

夏季大摂心会―浜松龍泉寺井上老師指導
浜松龍泉寺8月夏季大接心 師家・哲秀老師

 

<坐禅作法>

 このページはこのサイトの管理人の一人の今までの経験や見聞を基に、坐禅作法の個人的なメモとしてまとめたものを転載したものです 参考としてご覧ください 役に立つところも少しはあると思います

坐禅会や接心に参加される方は、坐禅のマナーとして、以下のようなことはあらかじめ覚えてきてくださると良いですので、よろしくお願いします
坐禅作法http://www.sotozen-net.or.jp/propagation/zazentop/saho  

 

 


禅堂入堂法 曹洞宗

禅堂に入るときには、


禅堂を左足から入って、


左端で、一歩進み、そこで、聖僧様(しょうそうさま=文殊菩薩)に低頭(ていず=合掌してお辞儀をすること)してから、


右回りに自分の単(たん=坐禅する場所)まで進みます


注意点:禅堂の真ん中におわします聖僧様の真正面で低頭しないこと;必ず左端でします 

真正面でできるのは住職・堂頭老師のみです


禅堂に入る前のお辞儀(低頭)などは不要です 入って一歩進んでから低頭します


禅堂から退出する場合は低頭は不要です


 

注意点:聖僧様の前や堂頭老師の単の前を横切って、自分の単に進むことはできません

これは大原則です

遠回りしてでも聖僧様の後ろを通って、時計回りに歩んで自分の単まで行きます

例外として、経行(きんひん)中は、聖僧様の前も横切って構いません

 

 

 



曹洞宗の多くの禅堂は、上記写真(2列の禅堂)と異なり、四方単ですので、入り組んでいます

その場合は、左に回ることもあります



【注 意】

僧堂(禅堂)、

東司(とうす、手洗い)、

浴司(よくす、風呂)は三黙道場と言って、

話をしてはならない場所です[指導者の法話ややむを得ない業務連絡などは除きます]

 

手洗いや風呂場はついつい気が緩むところですので、気をつけるように言われています


 

 

 

坐禅の仕方を教えてくれる曹洞宗寺院

坐禅作法は、曹洞宗の多くの寺院でも指導してくださります

 

≪大本山永平寺東京別院(長谷寺ちょうこくじ)≫

たとえば、曹洞宗大本山永平寺別院(東京都)は僧堂もある本格的寺院ですが、毎週月曜日夜6時半から 和室で、初心者対象に坐禅作法を丁寧に指導してくださいます

永平寺東京別院は、寺院の名称としては、長谷寺(ちょうこくじ です はせでら ではありません)

 

2回目からは僧堂(禅堂)で坐禅が可能です

 

ここの僧堂は外単も含めて約70名が坐禅できます 

冬場は程よい暖房がきいています

 詳細は⇒ http://choukokuji.jiin.com/index.php?zazen

 

アクセスは 東京都港区西麻布2丁目21-34  「南青山七丁目」

渋谷駅宮益坂口(渋谷駅東口)から01番の都バスに乗って、「南青山七丁目」下車 徒歩2分です

地下鉄は少し遠いです

 

 

≪青松寺専門僧堂≫

他には、都内の青松寺僧堂 (せいしょうじ・港区愛宕2-4-7) があります

 

井上義衍老師もここで一時修行され、そこで、隠居されていた北野玄峰禅師に独参されたところです

 

今は新しい僧堂になっています

僧堂は内単32名、外単16名、合計48名が坐禅できます

 

ここ青松寺は毎月第3水曜日に一般向けの坐禅会があり、初心者の指導もしてくださいます

 

青松寺はビルに囲まれた現代風の大きな寺院なので、夕暮れ過ぎて行くと入り口がわかりにくいです

入り口つまり山門は東側(慈恵医大病院側)にあります

 

初心坐禅指導希望者が大変多いので、早く着くと整理番号札で僧堂内に坐れますが、遅くなるに従って、外単、普通の和室となります 

 

永平寺東京別院にしても青松寺にしても外国人も沢山見受けます

 

 青松寺の坐禅指導詳細は http://www5.ocn.ne.jp/~seishoji/zazennframe.html

 

 

※同じ曹洞宗でも永平寺別院と青松寺とでは細かい点で禅堂作法が異なります

 

従いまして、寺院に行かれた場合は、その寺院でのやり方に従って下さい

 

禅堂のつくり(構造)や和尚の出身道場などによって細かい点では差異があります どれが正しいとかではありません

曹洞宗の禅堂は基本四方単で(上の接心の写真のは曹洞宗のですが、臨済宗での禅堂の作りですので、それとは異なります)少し入り組んでいます 本式の禅堂では、四隅には老師と呼ばれる和尚たちが座るのでそれだけ覚えておきましょう つまり四隅は避けて坐るといいです

それらの和尚方は、こちらを向いて坐っています

 

≪大本山・総持寺≫

あと、忘れてはならないのが、大本山・永平寺と並ぶ曹洞宗大本山・總持寺(そうじじ)です

横浜の鶴見にあります

 詳細は、http://www.sojiji.jp/zenen/sanpai/sanzenkai.html

 

 

≪興聖寺専門僧堂≫

関西では、曹洞宗道元禅師の初開道場として有名な興聖寺(こうしょうじ・京都府宇治市)があります。京都から近いです

 詳細は、http://www.soto-kinki.net/teranavi/pickup_kousyouji.php

 

夏季に、宿泊坐禅会があります。サイトには載っていないので早い目に寺院にお問い合せください。

 

 

≪総持寺祖院≫

北陸では大本山永平寺ほか、總持寺祖院、福井県大野市の宝慶寺(ほうきょうじ)などがあります

哲玄老師が指導されたことのある總持寺祖院のホームページ⇒ http://www.wannet.jp/noto-soin/zazen/zazen.htm

總持寺祖院では、毎月摂心があります 本格的な専門僧堂の摂心ですが、在家の方や外国人参禅者も参加されています ⇒ http://www.wannet.jp/noto-soin/zazen/zazen.htm

 

 

≪宝慶寺 ほうきょうじ≫

宝慶寺は、

道元禅師が中国で修行してやっと悟りを開いて決着をつけられたのを見て、日本に帰国される時に一緒についてきた寂円という中国人僧侶の坐禅跡地に建立された寺院です

 

 

寂円禅師は、永平寺で道元禅師に師事して修行

 

道元禅師示寂後、すでに50代半ばであったのに、福井県大野の山中に入ってそこで18年間も一人で坐禅を楽しんでいた方です(修行していたのではありません もう修行は終わってその境地を楽しんでいたのです)

 

その坐禅姿を見た方がその僧侶・寂円禅師のために寺院を建立したので、それが宝慶寺なのです

 

昔はこのようにお金のある人が、悟っている僧侶に帰依し、法話を聴くために寺院を建てて寄進したのです

 

 

宝慶寺のホームページ⇒ http://hokyoji.jp/event  http://hokyoji.jp/archives/ceremony

 

 

以上は、坐禅の作法を教えてくださる寺院の紹介でした

 

 

 

 

 

 

曹洞宗 面壁と眼を開けて坐禅すること

曹洞宗の坐禅は面壁と言って、壁に向かって座禅するイメージがありますが、修行僧は、1畳の畳の端に丸い坐蒲を置いて坐禅するので、壁に向かってということではありません

目の前は1m50cmくらい視界が開けています

つまり、畳に視線が落ちるということです。

 

 

ところで、

坐禅は必ず眼を開けてします

 

ヨーガですら実は目を開けます。ヨガが西洋人に広まり、資格業務となって以来、今のヨガインストラクターは眼をつむる人が多いですが、瞑想の時に眼を閉じると書いてあるヨガの文献はありません ありましたら、教えて下さい

 

禅定に入っているヨーギは必ず眼を開いています

目は開くことが瞑想にしても坐禅にしても必須条件です  英人ポールブラントン氏の『秘められたインド―賢者たちとの出会いの記録』という本で、彼がインド中の瞑想家を尋ねて回って手記を書いていますが、瞑想家は皆目を開いていることが分かります。

 

さて、ヨーガですが、

身体の調整をするハタヨーガ(アーサナー、プラナヤーマ)から始まって、瞑想の集中(ダーラナ―)・禅定(ディヤーナ)・三昧(サマーディ)がヨーガの最終段階です(すべてで8段階あるのでこれを総合してアシュタンガヨーガ(八肢のヨーガ)と言います)

釈尊も王位を捨てて出家直後に二人の仙人(ヨーガ行者)に会って、ヨーガの瞑想を習い、一人目の仙人のところでは無所有処定という禅定、二人目の仙人のところでは非想非非想処定という禅定を、どちらも極めて短期間に習得していますが、それでは悟りを得られなかったのでさらなる修行に進んでいます

 

ヨガ教師は昔は数が少なかったのですが、19世紀の終わり頃から、東洋思想に興味を抱いた西洋人(まずは、イギリス人、ついでアメリカ人)がインドに行くようになって以来、世間でヨガの関心が高まりました

瞑想=meditation はキリスト教徒である英米人の黙想(=meditation もくそう)が眼を閉じて行うため、英米人が瞑想をするときには眼を閉じるようになったのでしょうか

 

今では、欧米でも、日本でも、ハタヨーガの部分だけが、ダイエットと関連させて、ヨガインストラクター免許を出す商売が横行するようになりました

 

おそらく、全員眼を閉じていると、なんちゃってヨガ指導者でも生徒をごまかせる(生徒も閉じているので自分(教師)が生徒に見られなくて済むから)ので、眼を閉じる人が多くなっているのだと思われます これがヨーガでは間違って瞑想中に目を閉じる2つ目の原因だと思われます

 

 

 【曹洞宗の面壁について】

マスコミが、曹洞宗の禅堂の取材に行くと、1畳の畳の広さはない狭い外単にしかカメラを入れられず、そこでは壁が近いので、その写真を見ていると、曹洞宗の僧侶は、あたかも壁に向かっているというイメージが定着してしまっただけです

 

(外単は初心者やまだ入門を許されていない人などが坐る簡易の坐禅位置なので、目の前 が狭いのです 僧堂の中の正式の単に坐ると(長連単ちょうれんたん)目の前は広々としています)ちょうど、縦長のたたみ一畳の端っこに布団を置いて坐禅をしているのです たたみの向こうはカンキという物入れの蓋が見えていますが、視線を45度斜め下にした場合、目の前は畳になります

従って、坐禅中は畳が眼前にあります

 

 

なので、我々が自宅などで坐禅する場合は、壁から1m70は空けたところに坐るといいです 45°に落とした視線は畳の上に落ちるはずです

 

 

本式の禅堂で坐禅することがあれば、遠慮なく長連単に坐ってみましょう

 

 

老師は大衆とは違って面壁ではなく、こちら(通路側)に向かって坐禅します

(老師自身が面壁することもあります)

 

 

 

臨済宗は明治時代から、つまり白隠禅師の法孫たちから、全員通路側を向いて坐禅するようになりました(江戸時代の盤珪禅師や白隠禅師はまだ面壁で指導されていました)が、白隠禅師自身は面壁でしたし、それ以前は臨済宗も面壁でした

それは無着道忠の「小叢林清規」に明らかです

 

面壁するのを、向上門(まだ修行中の者の坐り方)、面壁と反対にこちら側を向くのを向下門(すでに悟りを開いた仏の坐り方)とされます

 

 

 

坐禅の方法 曹洞宗 普勧坐禅儀

 坐禅の方法については、

『普勧坐禅儀』に道元禅師が懇切丁寧に教えられています

(井上義衍老師の『普勧坐禅儀提唱』が出版されていますので推奨しますが、独学せずに、かならず今生きておられる正師の提唱を聞き、独参し、分からない点は遠慮なく質問すること、自分の坐禅を点検してもらうことを切にお願い申し上げます

 

 

普勧坐禅儀(ふかんざぜんぎ)は中国から帰国したばかりの道元禅師が、「中国にも日本にも坐禅の仕方を説いた著述がない」のを嘆いて、だれでもこのようにすれば坐禅できますよというタイトルをつけて京都にて著されたものです。

 

一番大切なことはあなたがどのようにして坐禅しているのかということです」―井上哲秀老師 (平成26年12月浜松龍泉寺・臘八大摂心の初日の提唱から)

 

 

【坐禅の道具】
まず座布団を置いてその上に座蒲(丸い円座の布団のこと)

を置く

(長年の智恵ですので、その通りにするのが良いです 座布団と坐蒲の組み合わせで、長時間の坐禅が可能となります

畳の上に坐蒲を置くのではなくて、大きい四角い座布団の上に丸い座蒲を置くのが良い理由:①膝が冷えない ②膝を座布団が大きい面積で受け止めるので、膝を傷めない ③身体がすべらない[畳の上に直接膝があると坐禅中に滑ってきて態勢が壊れるのでそのことに意識が行ってしまいます]

 

下の座布団に両膝が収まるような大きめの座布団が必要です 一般家庭にある座布団では膝がはみ出て滑る原因になるので、大きい座布団がない場合は、2枚を横並びに置いて、その真中に丸い坐蒲を置けば、膝がはみ出ません

あるいは、自宅坐禅の場合はヨガマットを2枚折りにするなり、キャンプ用のマットを使うなりすれば、大きめの座布団の代わりになります

専用のものを用意するのなら、中肉中背の男性の場合、座蒲も置けて膝がはみでないためには、少なくとも横800mm×縦740mm くらいの布団が必要になります こういう長座布団の上に、座蒲(円座)を置いて座禅します 市販のものは、幅が長すぎ、縦がやや短いものが多いですが、オーダーメイドよりは安く入手でき、なんとか使えます 

 

布団ではありませんが、クッション性のある(段々状のい草面の中にプラスチックの細かい粒(枕に入ってるようなもの)が入れてあります)「い草マット」もおすすめです 縦に半分に切って、使うとすべりません 一枚で二人分取れることになります 第一い草の良い匂いがおすすめです)

 

このい草マット 気に入って2年後にもう一枚購入してしまいました

ごろ寝にもいいですよ 

 


坐り方は結跏趺坐か半跏趺坐 

けっしてあぐらにしないことが重要です 最初から楽をしていてはいつまで経っても半跏趺坐(はんかふざ)すらできません

 

接心などで横に坐ってくる初心の人にはあぐらの人が多いですが、最低半跏趺坐にされたほうが良いです

あぐらは結局長持ちしないので、半跏趺坐や結跏趺坐にするほうが良いのです

 

 

経験からしても結跏趺坐(けっかふざ)が一番長時間安定して楽に座れる姿勢だから 結跏趺坐が無理なら半跏趺坐(はんかふざ)から慣らしていくのが良いです

関節の硬い人や年齢を重ねた人は結跏趺坐が無理の場合も多いです

 

専門道場の雲水さん(修行僧)たちは、結跏趺坐を先輩から強制されますので、だれでも結跏趺坐ができるようになります ある意味幸せですね

 

 

ヨガでも蓮華座(パドマーサナ=結跏趺坐)が一番とされています

 

 

大切なことは、両膝とお尻の3点がしっかり接地していて、その3点で身体を支えるようになっていることです

 

片膝が浮いている場合は、左右を逆に組むか、浮いている膝の下に、ものをかませます

身体が柔らかくなると、かませる必要もなくなってきます

 

 

 

結跏趺坐や半跏趺坐が長時間できるためには、服装も関係してきます

 

服装ですが、きついパンツを履いていると結跏も半跏もできませんので、ゆったりとした服装をすることが必要です 

 

 

スキニーなパンツも良さそうですが、膝を折り曲げた時に、膝に挟まれたところに生地がある分、長時間の坐禅にはまったく不適ですので注意して下さい

 

在家の人の坐禅の服装としては、着物袴が無理な場合は、作務衣やジャージやユニ○○の暖パンなどがおすすめです 但し、生地によっては組んだ組んだ脚と脚とが滑ってしまうものもあるので、注意が必要です 化繊なら必ず滑るというものでもありません 滑る場合は、タオルやハンカチなどを腿と足の甲の間にかませると止まる場合もあります

 

自室で座禅する時には色などは構いませんが、お寺などの坐禅会で他の人と一緒に坐るときには、派手でない黒や紺色の着衣が推奨されます たとえば黄色の服装だと隣の人が、目がチカチカするようなことがあります

 

 

脚が不自由で結跏趺坐も半跏趺坐も出来ない場合は、日本座(正座)をしてお尻の下に円座を使うのが良いです 

 

それもでも脚を怪我しているとか、超高齢で、結跏趺坐も半跏趺坐も厳しい場合は、椅子に腰掛けて坐禅ができます

 

背もたれにもたれかからないことです その時、腰の沈む椅子は良くありません 小学校にあるような座面が沈んでいないフラットなもので、しかも堅いのが良いです その上に薄い座布団を置いて少し浅めに腰掛けます

 

ただ、椅子坐禅は冬期はとても寒いので、脚を覆うようにしたほうが良いです 脚からスッポリ履けるようなものです 通じていますか? 椅子に腰掛ける場合は、安い寝袋を履いて坐禅するがベストかもしれません

 

暖かいといえば、結跏趺坐に勝るものはありません

 

 


ベルトは緩めるのが良いがきちんとした服装で坐禅すること

 

靴下・足袋は脱ぎ、時計を外します 禅堂で坐禅する場合は、時計やスマートフォン・携帯は持ち込んではいけません 坐禅の時間は係の人が計測して始まりや終わりの合図をしてくれます

 

出家は坐禅中は袈裟をかけた盛装です(臨済宗では袈裟をかけず絡子です)

在家の正装は、羽織・着物に袴です 袴は乗馬型(2つに分かれたもの)ではなくて行灯型(スカート型)が脚を組む際にいいです

在家得度した方は、絡子をかけます(東司(とうす=便所)では外します)

暁天坐禅の終わりに唱える「搭袈裟偈たっけさのげ」の時に在家の人も絡子を頭に置いて「だいさい げだっぷく むそうふくでんえー。。。」とやります

 

 


法界定印(ほっかいじょういん)を左親指と右親指がきちんと相支え合うように結び

その形が卵型になるようにします

眠っていると親指と親指が離れて法界定印ではなくなりますし、考え事をしていると法界定印が卵型ではなくなっています

 

ある老師は、法界定印が出来たらそのまま目の高さまで上げて、ちゃんと卵型になっているか確認して下さいと言われます。 

 

身体は左に傾いたり右に傾いたりせず

 

前かがみになったり後ろに反ったりしない

(骨盤を立てること)

年輩の方には前かがみが多いです

その姿勢では、眠くなったり、考え事をしてしまいます

また、前かがみになっていると、回転のモーメントが発生して、膝にかかる力が増えますので、坐禅中に脚が痛くなる原因となります

なので、骨盤を立てて、両膝への負荷を減らすことが大切です


耳は肩の上にあるようにし、[これで前かがみにはなりません]

 

鼻とへそが向かい合うように坐る

鼻の真下にへそがあるようになるためには左右どちらかにも傾いていないことです


舌は上顎につけて唇は閉じ、[あいうべ体操をすすめる医師もこのことを重要視しています]

(本文は、「舌、上の腭(あぎと)に掛けて」ですが、この上の腭(あぎと))とは、上顎骨のことです、なぜなら、解剖的に言うと、上の腭(あぎと)と下の腭(あぎと)があり、それぞれ上顎骨と下顎骨です  従いまして、下の腭(あぎと)は、決して「歯の付け根」ではありません なぜ、歯の付け根という解釈が生じるかというと、普段その人の舌が上顎骨にピタッとついていないからです(わたしも以前はそうでした) しかしながら、わたしの調査では元々舌が、舌の先だけでなくて、舌全体がですよ、上顎骨にピタッと吸い付いている人は、何%という数字は出せませんが、かなりいます(みんな元気で明るい人です)

舌が上顎骨にピタッと着いていない人は最低坐禅中はそのようにしなさいというのが、道元禅師のアドバイスです

たとえば専門家として、あいうべ体操をすすめる福岡の医師・内科医今井一彰氏もそうですし、歯科医の宗廣素徳氏は、

 

 という本を書いています 道元禅師が人体のことにも精通し、色々なことにおいて、如何に卓見を持っていたか、このことでも分かります

ついでに言いますと、道元禅師は、仏典の一切経はもちろんですが、ヒンドゥー教、ウパニシャッド哲学など全部学んでおられるふしがあります)

 

 

本文に戻ります

 

歯も上下がつくようにする


眼は必ず開いて

 

息は鼻から微細に出入りする

(呼吸はいつも鼻呼吸をします 口呼吸は決してしない

吐くのも鼻から吐きます)

(呼吸の音のするような(他人に聞こえるような)呼吸はいけません

鼻から息が微細に出入りしています

どこにも息を数えるようにとは書いていません)


以上のように身体を整えたら、

 

一二度大きく鼻から息を吐いてから(欠気一息・かんきいっそく)、

 

左右に身体をゆっくり最初は大きく、徐々に小さく揺り動かしてから

 

身体を止めます

 

 

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「人間の見解じゃないんです。実物は。

 

本当のことを知りたかったら、そういう人間的に真面目そうな考えをもってやっても駄目ですよ。そういう範囲のものじゃないんです。
本当に人法ともに絶滅しきって初めて得られるものです。
思いをもって(向うところがある)修行をしているということと、思いなしにあるということとは違うんです。
思いじゃなくて、あるという事実に生きているということ、との違いがあるんです。
そこのところに、ただ、眼をつけていただければいいわけです」
―井上義衍老師

 

 

 

 

 

「ああ、事実って、分かっているよ、考え方ではない事実でしょっ!

って、みなさん思っているでしょう?

 

でも皆さん本当に『事実』って分かっていますか?

もし、事実を知っていたら、手応えがあるはずですよ。

 

でも皆さんの言う事実は手応えがないでしょう?

 

それは事実ではないからです」ー井上哲秀老師

 

 

 

 

「『自己を忘じる』なんてことは忘れたほうがいいです。

自己を忘じる体験は皆さんが想像しているようなこととはまったく違いますよ。

 

自分の経験でもそうでした。

自分が想像していることとは違いました。

 

たしかに一度自己を忘じることは必要です。

 

でも、今は自己を忘じることは忘れて下さい」ー井上哲秀老師 (平成27年5月浜松龍泉寺・摂心の提唱から)

 

 

 

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坐禅が終わったら、急に立ち上がってはいけません

 

ゆっくりゆっりと最初は小さく徐々に大きく左右に身体を動かし、

 

次に前後にゆっくり動かしてから、

 

ゆっくり立ち上がります

決して慌てて立つ必要はありません

(坐禅に慣れて脚が痛くなくなったからといって、急に立ち上がる、素早く立ち上がるのはいけません 立ち上がるときに膝を痛めたり、一過性の貧血になったり、めまい様の現象などが起こり身体が不調になってしまう場合もあります)」

 

井上哲秀老師を見ていますと、とてもゆっくり丁寧に左右揺身をされています

 

 

坐禅の始まりにも終わりにも左右揺身をします

 

 

 

一人で坐禅するよりは、熱心な修行仲間と一緒に坐禅するほうがやりやすいです

これを大衆の威神力(だいしゅのいじんりき)と言います

今の若者が、家で受験勉強するより、喫茶店・カフェで勉強するほうが捗るのと同じです

 

なので、お寺に行ったり、坐禅会に行ったりします

 

老師のように禅定力のある人の近くで坐禅できれば一番よいです

 

 

 

 

涼しい地方は別として、真夏には暑さ好きでもなければ坐禅しにくい人が多いようです 道場では真夏は行脚に充てています

 

真冬に自宅で坐禅するのにも、ストーブをつけると酸素不足になるので、ボーッとしてしまうリスクがありますので、暖房をつけるより、暖房は消して、厚着をして坐禅するのが良いです エアコンは空気は汚れませんが、乾燥をするので身体には良くありません

 

厚着は重くなると良くないので、ダウンの素材が軽く肩が重くないです

 

寒い地方にある永平寺などでは、テレビにはうつりませんが、大きな禅堂に囲炉裏が切ってあって、軽く暖房をしています

 

 

 

眠い時は坐禅をしない

一日の仕事を終えて坐禅をしようとすると、それまで動きっぱなしだったこともあり、坐禅を組むと急に眠くなる場合があります

その場合は、すぐに坐禅を中断しなければいけません

そのまま続行すると見事に居眠り坐禅が習慣になります

 

 

その場合、15分から30分ほど仮眠して睡魔を除く

坐禅会に行く前に、喫茶店などで座ったまま腹圧をかけて軽く寝る

とすっきりと坐禅ができます

睡眠研究家の間では、こういうような短時間とってスッキリさせる睡眠のことをパワーナップと呼んでいます。

 

一時間以上寝たりするとかえってよくないと思います。

 

 

禅を組んだままで仮眠をすると、坐禅=睡眠 という条件反射が形成されるので怖いです

 

 

食事の直後はすぐには坐禅せずに、しばらく休みます

(釈尊の教団は、昼食後はしばらく横になっていたようです)

 

 

坐禅で眼を開いておられないのは、眠い証拠 睡眠が不足しているということです

(前日に睡眠不足にならないように生活を整える 夜更かしをしない、無意味なネットサーフィンをしない  寝る直前まで人とおしゃべりをしない  口を開けて眠らない)

睡眠時間3時間や4時間では、坐禅をするには睡眠不足です

 

 

坐禅を終わって、あくびが出るのは、眠いながら坐禅をしていたということです

 

長年居眠り坐禅をしている人は、自分が坐禅中に眠っていることすら自覚していません

(自戒の弁 若い頃、睡眠時間を大幅に削って、坐禅修行をしていたら、気づかないうちに坐禅中にいねむりをするようになりました 日中の仕事中にもすごく眠たかったくらいですから、坐禅中に眠るのは当然です 居眠り坐禅から脱却するのは大変でした)

 

 

坐禅の直前に砂糖を摂らない 砂糖入りのコーヒーを飲んでも眠気覚ましにはなりません

眠気覚ましのドリンクはブラックコーヒーや

濃いめの緑茶 抹茶入り伊右衛門 ←これは粉末なので溶かすだけ、水でも溶けるので便利です

 

チオビタドリンク 100ml (コンビニの3分の1の値段です 他の栄養ドリンクと違って坐禅用・眠気覚ましにはとても効果的です 坐禅をしている医師のおすすめです)

これらが不要になるのが一番良いです

 

また、頭を使いすぎたり、考え事が多いと眠い坐禅になります

坐禅ができるようになると眠たくなくなるようですから、睡眠時間を十分取っているのに、坐禅すると眠いという場合、坐禅の仕方を誤っているかもしれません

 

 

 

昔から熱心な修行僧は眠さを除くために相当苦労しています

 

 

 

 

・坐禅をすると脚が痛い

・坐禅をすると眠い 眼が開けていられない

・坐禅をすると思考が湧いて困る

 

だれしも経験するものです

 

(脚が慣れてくると、居眠り座禅に移行する人がもの凄く多いです

摂心に行くと、一日中坐禅を組んでいることもあって,3日目当たりまでは脚が痛いのですが、あとは楽です 身体が適応するのでしょう なので、摂心も途中参加や途中で帰らずできるだけフル日程で参加するほうが良いです楽です)

 

 

 

 

 

「坐禅中にどうしても思いにふけってしまいます 

次から次へといろんな思考が出てきて、

一時も休まることがありません、

どうしたら良いのでしょうか?

 

と半ば泣きつくようにして

独参に来られる人がいますが、

 

実は、骨盤をちゃんと立てて正しい座相をしていれば、

 

そんなに、思念に悩まされることはないものなんです

 

形にとらわれてはいかないというのは本当ですが、

 

しかし、坐禅の時の姿勢は重要です」

 

― 井上哲秀老師

 

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姿勢は自分ではまっすぐにしているつもりでも、そうはなっていない場合が多いです

古参(こさん=古株)になれば、それこそ誰も注意してくれません

なので、謙虚に仲間にみてもらうのがいいです

 

もしくは、一炷の間、ビデオカメラやスマホの動画に撮って、自分で見てみるとよいと思います ustream のアカウントを取れば、スマホで撮影したものをそのままアップロードできますので、あとで確認が容易にできます(スマホのスタンドが要ります ある程度の距離から撮影したほうが自分の姿勢が分かりやすいです)

 

年輩の方には背中が丸い人、骨盤が立っていない人が多いです

普段頭をよく使う人、事務仕事をしている人は前傾姿勢が多いです

(スマホばかり見ていると、頚椎の正常な前彎がなくなりストレートネックになります)

考え事をするときは、そのような姿勢ですし、眠るときはその姿勢があります

従いまして、考え事をついついしてしまわないためにも、坐禅していて眠くならないために姿勢を正すことが大切です

 

 

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Q.

「自分の様子をきちんと見るのが坐禅だ」と言われたり、「自分で自分を眺めていては坐禅になりません」と言われたりします。

何が違うのかよく分かりません。

 

 

A.(井上哲玄老師)

「自分を眺める」ってのは、過去の様子を後から見てることです。

自分の感覚や経験を一瞬あとから思い出して取り上げているんです。

 

そうではなく、「今」の自分の様子をきちんと見ることが大切です。

 

本当に「今の様子」それだけを見ている時は、それだけだっていうことも分からないはずです。

だって、「これが今の様子か」なんて余分なことが出てくる余地がないんだから。

 

 

 

哲玄老師曰く

●少しでも我流が入ると坐禅になりません

 

 

●何かこれはという体験があれば、すぐに独参に行き、師家に話すのがいいです

 

これはという体験がなくても、独参に行ってください

 

 

●「坐禅中はいいんですが、日常の工夫ができないのです」というのは

そもそも、それ坐禅になっていない ということです

 

 

●「この状況(境地)を維持する」なんてことはできません

 (今の自分の様子は時々刻々と変化しているから)

 

 

 

自宅座禅の時間計測方法

坐禅時間は長い線香を燃やして測ります(今でも道場ではそうしています)

 

自分で坐禅をするのに、時計やタイマーでない、坐禅時間を計れる便利なアプリがありますので、紹介します

 

それが「雲堂」(禅堂のこと)アプリです iPhone用にも同じ名前のがあります

 

このアプリでは線香が燃えてだんだん短くなります

 

坐禅時間の長さや鐘の音色を変更できます デフォでは磬子の音なので坐禅鐘の音に変えて下さい

スマホでこのアプリ「雲堂」を使う時は、横(視界外)において座禅するのですから、メールやSNSの受信音が入らないように、

設定⇒無線とネットワーク⇒機内モード 

にしましょう 電話もメールも入りませんが、スマホの諸機能だけ使える状態となります

あるいは、どうしても電話を切れない場合は、メールやSNSだけが通知されないように、

設定⇒アカウントと同期 で 自動同期 をOFFにしましょう 坐禅終了後自動同期をONにすれば、その途端メールが一斉に入ってきますのでご心配なく

 

 

 

曹洞宗では一回の坐禅時間を1炷(いっちゅう)と言いますが、1回40分です

坐禅と坐禅の間は経行(きんひん=歩行禅)をします

 

その後、すこしばかりの抽解があります

 

 

臨済宗では、1炷(いっしゅ)は25分で、それを2炷セット(1炷と1炷の間は脚を組みかえるだけのインターバル5分、2炷ごとに約10分の抽解(東司[手洗い]などに行くだけ))で繰り返します

 

 

一日中坐禅修行を行なう攝心会・接心(せっしん)では、

朝の4時過ぎから、

この40分を一日11~12炷(11回か12回)くらい繰り返し、

それを7日間(5日間)します。

 

(食事は一日3回 食事の後は少し長めに休息します)

 

 

熱心な人は、開枕後(午後9時くらい)、さらに、夜坐(やざ)と言って、自由な場所で好きなだけ坐禅をします 

 

朝の振鈴(大きな音の鈴で起床の合図がある)より、そっと早く起きて、坐禅する人もいます

 

(勝手に早起きするのですから、人の睡眠の妨げになる目覚ましをかけませんし、洗面などもしません 振鈴(起床係が大きい鈴の音でみんなを起こす)でみんなが起きる時には寝床に帰っていてあとは同じように布団あげや洗面をします)

 

 

 

古人には、夜に寝床に入らず、明け方まで徹宵(てっしょう)する強者もいたようです

 

今までそういう人を二人だけ見たことあります

 

修行僧でなくてもそんな人がいます

 

その人達は、日中でも居眠り坐禅をしていません

 

 

昔は、眠くなったらキリで腿を突く人、眠ったら真っ逆さまに井戸に落ちるようなところで坐禅する人など、いらっしゃったそうです(でも本当に眠い時は、落ちたら死ぬような危険なところで坐禅しても眠いのですねぇ)

  

 

 

 

坐布・坐蒲・座蒲=自宅坐禅の道具

自宅で坐禅するにも道具が重要です

できれば結跏趺坐や半跏趺坐を組んでも左右の膝がはみ出ない大きな四角い座布団を用意し畳や床の上に置き、その上に丸い座蒲(坐布ざふ)と呼ばれる円座を置いて、その上に坐って坐禅をします

(長年の智恵ですので、その通りにするのが良いです 座布団と坐蒲の組み合わせで、長時間の坐禅が可能となります

 

 

畳の上に坐蒲を置くのではなくて、大きい四角い座布団の上に丸い座蒲を置くのが良い理由:①膝が冷えない ②膝を座布団が大きい面積で受け止めるので、膝を傷めない ③身体がすべらない[畳の上に直接膝があると坐禅中に滑ってきて態勢が壊れるのでそのことに意識が行ってしまいます]

 

下の四角い布団がなくて、畳に直接座布(丸い方)を置くと、両膝が畳につくので、滑ってしまい、態勢が崩れてしまいます

かと言って、普通の家庭用の四角い座布団でも座を組んだ脚(膝の部分)がはみ出てしまいます

 

下の座布団は一枚ですますには、両膝が収まるような大きめの座布団が必要です

大きい座布団がない場合は、2枚を横並びに置いて、その真中に丸い坐蒲を置けば、膝がはみ出ません

あるいは、自宅坐禅の場合はヨガマットを2枚折りにするなり、キャンプ用のマットを使うなりすれば、大きめの座布団の代わりになります

専用のものを用意するのなら、中肉中背の男性の場合、座蒲も置けて膝がはみでないためには、横800mm×縦740mm くらいの布団が必要になります こういう長座布団の上に、座蒲(円座)を置いて座禅します 市販のものは、幅が長すぎ、縦がやや短いものが多いですが、オーダーメイドよりは安く入手でき、なんとか使えます  布団ではありませんが、クッション性のある(い草面の中に段々状にプラスチックの)「い草マット」もおすすめです 縦に半分に切って、使うとすべりません 第一い草の良い匂いがおすすめです その他の長座布団)

 

 

座布(坐蒲)(丸い方)は自分で作るのは大変です 中身のパンヤを入手するのも難しいので、専門店から購入するほうがかえって安上がりです

 

円中堂のがおすすめの一つです タップリとパンヤが入っているので、チャックから取り出して少し平たくしてから使います

長期間使ううちにヘタってくるので、そしたらその取り出しておいたパンヤを入れて高さを高く出来ます

 

材質としては少し高価になりますが、ビロードのがおすすめです。ビロードの肌触りはなんとも言えません。

 

薄い坐蒲でもいいという人は、アマゾンで滝田商店のにするか、京都の一疋屋 のがあります 後者にはカラフルなもの、可愛い色のものがあります

 

丸い座布が入手できるまでは、古い座布団を二つ折りにしてお尻の下に敷いて坐禅する方法もありますが、沈んでしまうので、あまり長時間は坐禅できません

 

丸い坐蒲は昔から修行者が体験上これが良いと使い続けているものなのです

 

 

坐禅修行を本格的にしようとするなら座布は一つくらいはあったほうがいいと思います

スポーツでもちょっと真剣にやっている人は自分の道具を持っています

 

 

あと、自宅座禅をする場合は、する場所や部屋と時間を決めておいたほうがいいと思われます

 

 

家族のことを気にしすぎて自分の修行を遠慮するのはもったいないです

 

 

 

あと、

修行に出家も在家もないと思います(出家だから有利、在家だから不利というのはないと思います)

 

何よりも、正師(しょうし)に参禅することが不可欠です

 

 

 

 

 

 

 

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久立珍重 礼拜